何者にでもなれるということ

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枠の外に出るということは、できる限り自分を薄めることになる。ぼくは、一発芸も、其の場凌ぎも、土壇場の嘘を本当にすることなど、自分を一旦無しにして求められているfigureを自己を通じて表現することに徹することができる。嘆かず、恨まず、ただ演じていること。

 

【何者にでもなれるということ】

絶対無分節、未分化状態状態に自分を置いていくこと、その重要性は今更語るまでもないほど自分の中に浸透している。

ぼくはいま、何者にでもなれる状態にしておくことが楽しい。自分という存在を、アイデンティティや、個性というネームドに収めることなく、何かであることではなく、何者でもないことに徹する。そこに喜怒哀楽も何もない。ただそうあろうとすること、そのあり方のために注力し、そこから起こることにはその偶然性や必然性に身を任せてしまうこと。

 

それが、自然に馴染ませるという生き方なのかもしれない。