つくる身体・つくりかえられる身体

世界を漂流していたい
現実につなぎ留められる部分が少なければ少ないほど、ひとは夢想的になっていくのかもしれない。夢や想像といった形而上的なものだけでは生きていけないというリアルは、現実的ないくつもの作業によってつなぎ留められていく。
わたしは、わたしの思う現実的なリアルからなるべく離れていたいという欲求がある。生死とか、組織とか、社会とか、政府とか。何かの枠組みに入ってしまうことを少し枷のようにも感じている。
そんな枠組みで世界を見ていたのだけれど、ここ最近はまた様相が変わってきた。
何かに夢中になっていたりとか、熱中していたりとか、あるいは疲れていたりとか、止まっていたりとか。ひとの「居心地」のようなものって、ほんとうに広義な場所にあるのだと思う
住んでいる地理的場所なこともあれば、特定の誰かがいる場所のこともあれば、モードに入っている没入的な状態・ゾーンなこともあれば、あえて何も見ていないということだったりもする。私の場合でいえば、あまり「家という場所」への関心が薄く、一応借りてはいるし使いやすい場所にはしておきたいけどホテル暮らしを転々とするほうが好きだったりする。あとはネカフェ生活とかも歓迎。
そういう一定のリズムや強度というものも、当人の居心地になったりする。ぼくは、リアルに足を付けながらも、ここじゃないどこかでぼんやりと漂流していたい。そういうことができる世界になってきたんじゃないだろうか。

つくりかえられること
だれかに強くかかわるということは、それ自体が自分をつくりかえることなんじゃないかと思う。そしてわたしの思う世界には「あなた」と「わたし」しかいない。その世界でなければ叙述できない、語りえないものがたくさんある。
コミュニケーションをたくさん重ねていくと、不思議と自他の境界があいまいになっていく。相手のことが自分のように感じられる、おそらく相手も一定以上その感覚が増えてくる。会社という組織で考えてみても、後輩が上司と多くコミュニケーションを取ることで起こるコミットメントはそれに近いものがきっとあるのだろう。
ところで、これはわたしに対しても猛烈な影響を及ぼす。
昔話クラスの話になるけれど、わたしはそういった誰かの影響を受けて自分が傷つくのがすごく嫌だった。相手にのめり込むほどに自分がつくりかえられる、またつくりかえられたのち、最終的に離れ離れになってしまうこともある。そうやって傷つくことをひどく恐れていた。今もなお小説の類がなかなか読めないのは、そういう没入力が高いからなのかもしれない。
今も、もちろんそうした怖さはある。けれど期待との乖離があったときに「ああ、わたしの心の大部分を彼/女が占めていたのか」と思うようになった。これまでは名のない恐れだったものが、彼/女が私を変えてくれているんだという見え方になってきた。そうした変化、変容に至るカオスまでをわたしは受け入れられるようになっている。
わたしの世界とは即ちわたしの見え方だ。だれかとの出会いが、これまでのわたしを瓦解させてくれたのだろう。
世界が変わった、変えてくれたのならば安心してわたしは進むことができる。どこへだって行こうよ、と思う。
笑顔による救い
笑顔、笑うことっていうのはすごい。
色々考えすぎたときや、よからぬ想像がたくさん働いたとき、小難しい言葉をたくさん振りかざしたくなった時には笑うようにしている。わたしは自分で笑うことができてよかった、と思う。
わたしもそうだけれど、みんな深刻になることは得意なのだと思う。育った背景がそうさせていることだってある、今いる場所がそうさせていることだってあると思う。
考えなくてもできてしまっているなら、ちょっと頑張って笑ってみたって損はしない。ニヤついてみる、思い切り笑ってみる、大きなリアクションをしてみる、とか笑顔へのアプローチはいくつかある。
自分が笑うと、相手もたいてい笑ってくれる。
何人もいるような場所だと、なぜだか笑うことがおかしいかのような力学がはたらくのだけれど、まずは「わたし」と「あなた」だけでいい。日常・生活のYou&Iから、だいたいの物語ははじまるのだ。
わたしは笑顔が自然なひとにとても惹かれる。本当に、ほんとうに救われているのだと感じる。きっとその感覚はわたし以上に伝わるものではないのだろうが、そうした日常の一コマで今日もなんとかやっていこうと思える。
あいも変わらずラップを聴いているわけだけど、ぼんやりと聴いていても突き刺さってくるリリックがある。
生まれたこと自体に意味なんてない
けどもしも欲しいならば付けちゃいな
世界で今日お前はね ここにしかいない
そのお前のことを教えちゃくれないか
今だからこそ思う、わたしに生まれた意味もない。ただそこにいるだけなのだと思う。
理解できないものが恐ろしいからひとは死をはじめとしてわからないものを恐れる。天変地異や災害、普段見かけない大きなものを「何か」と疑い、「何故あるのか」を知ろうとする。
わたしは生きることについて意味を探し続けていた、探し続けた結果なにも見つけられず、目標などと言って立ててみたり、経営者の言葉を見聞きしたりして自分事のようにとらえてみたりした。でも、わたしはどこまでいってもわたしでしかない、誰かになることはできず、地続きに己れが続いていく。
ぼんやりと気付いた、「生きていること自体に意味なんてないな」と。そういう自分をつなぎ留めてくれるのは彼女であり、家であり、仕事であり、もしかすると未来は猫かもしれない。「ずっと変わらない何か」を求めたとして、それはおそらく叶わない。ひとは育ち、変わり、つくりかえられていく。
「こういうところが良い」という言葉だけでは、変わっていくこれからに対しての恐怖を生んでしまう、「Not―」の頭文字を厭でも想像できてしまう。だからこそ、つくりかわっていくこと、ひいてはあなた自身をまるっと信用するのだ。変わったって、狂ったって、逆に変わらなくたってわたしはあなたを信じることができる。

わたしはありのままを受け取ることができてよかった。
理解は後からだってできる、でも今この瞬間の、その言葉の強度はここでしか保たれないのだ。だからこそ、笑顔で受け入れられることはその人のtalentであると思えてならない。
わたしの世界―世界にいるわたし

つい最近「あ、そういえばブログ書いてたな」と思い出した。
はてなとnote、また別のはてなもあったような気がるするけれど覚えていない。昔の記事を読み返していくと、自分で言うのもおかしい気がするがずいぶんとよく考えている。
ちょっと難しい言葉を振りかざしながらも、わからないことや恐ろしいこと、知りたいものへいろんな形でアプローチをしようとしていて、その結果で今のわたしがいるようにも感じる。ただ、「答えを得た」わけではなく「フォームを得た」というものが近い。3年前、5年前の自分を見ていると少し若い自意識が見て取れる。
これは侮蔑的な意味なのではなく、若いという段階的なものにどうしても起こりうるものである。わたしは「言葉」「自分」「人生と生活」「家庭」というものに思い悩んだ期間が本当に長い期間ある。今それが解消されているわけではない。離れることによって見え方が変わったり、世界への捉え方が変わり今見える風景や過去の自分への見え方が変わってきたということに近い。
自分という存在にもし連続性が担保されているのであれば、自己同一性やアイデンティティというものはあるのだろう。
いまの私は、あまり「自分とは何か」という文脈では苦しまないようになってきた。これは自己を定義できたのはなく、むしろ「何者になったって良い」という捉え方になってきたゆえである。志向性や好き嫌い、出来や不出来という文脈で見れば「らしさ」は存在すると思われる。だが、わたしはもっと大きな文脈―世界―の単位で自分を位置づけられるようになってきた。
自分への関心が低くなってきた。
これまで自分に得になるようなことを考えてきたが、今はむしろ「面白いもの」「楽しいこと」にbetできる自分に変容してきている。betした結果、失敗した、うまくいかなかった、何かを失ったなど起こるかもしれない。けれどそれは「きっとわたしはそういう命運があったのだろう」と今では思うことができる。
私という存在は大きな文脈の中ではさほどの影響力を持たないものであると自覚している。ゆえに、こうしてインターネットの隅っこで怪文書を書くような状態である。だけれど、私がいま楽しいと思えることがいくつか出てきているのも事実である。
私は自分が楽しいと思えることをやり、近くにいる人と美味しいごはんを食べに行って困らない程度の経済力があればうれしい。その結果、いい意味でも悪い意味でも自分の影響を受けさせてしまうような人誑しでありたいなと思う。
かつて、私が19歳(もう10年も前)のころに出会ったMさんという怪しげなおじさんに導かれ、私は上京し、本を読み、就職し、好きでもない営業を始めた。たった一人のおじさんのせいで、今の私の大半が出来上がっている。こんなにも愚かで、舞台顔負けのシチュエーションはあるのだろうか。
だけれど今、自分の葦で考えられるようになり、何か目立った先入観も持たずに済んだのは、怪しげなおじさんが何者でもないながらふらふらと見えながらも、彼が本当に多くのタイプの人たちから崇高(あるいはリスペクト)される姿を見ていたからかもしれない。




昔のスクショを引っ張り出していたけれど、やはり「若いから」とか「社会人歴が浅いから」というレイヤーでわたしのことを見ていなかったと思う。
今でこそ理解ができるものも、当時の感触は「すごいわかる気がするけどわからない」だった。だけれど、こうした率直な大人たちとインターネットで運よく出会えたから、今のわたしは生きているのだとも感じる。わからないことを理解しようとすること、おかしな大人がおすすめする本をまず読んでみること、そういう「似せにいく」こと一生懸命だった。
いま振り返れば、何かのゴールがあったわけでもない、目標があったわけでもない。
ただ、そうした魅惑的な大人にまんまとひっかかり、自分を変化させることを厭わなかった。かれら大人は、私が望めば時間を作ってくれて、食事に連れて行ってくれて、いつも本当に満足できる(ゆえに口惜しい)別れをしてくれる。
わたしはそういう魅惑、呪術を周囲に放てているだろうか。
わたしは世界という文脈のひとつの要素でしかない。そんな風にわたしは世界を捉え、自分を捉えている。
いま手元に保坂和志のエッセイがあるので開いてみると、やはり「しっくりくる」ことがたくさん書いてある。
私にとって、「書く」というのは考えつづけることだ。「書く」という行為には、対象を理解しようという力学のようなものが避けがたく潜んでいるのだが、その力学に飲み込まれずにその向こうにあるわからないことを出して、「考える」行為に踏みとどまること、それが私にとっての「書く」ことだ。わかったと思ったら「考える」という行為はそこで終わってしまう。そもそもこの世界に、本の一冊や二冊分程度の量を書いて理解できるようなことなんかあるだろうか?
文章の命というのは、読み終わったらあとで、「これこれこういうことが書いてあった」とすっぱり言えることではなくて、その文章に触発されて読者がどれだけいろいろなことを考えたか?だと私は思う。そこで生まれる考えは文章に直接関係してなくても全然かまわない。多方面に広がるいろいろなことが読者の心に生まれることが、文章の持っている曰く言い難いいいところなのだ。
努力をしても何も得られない人がいるかと思えば、何も努力しないのに何でもうまくいってしまう人がいる。それはもうその人が持って生まれた運としか言いようがないが、世の中には物事をゆがめて単純化する人がいっぱいいて、そういう人は「運としか言いようがない」と聞くと、「じゃあ、努力しても無駄だ」とすぐに言う。だから社会は極力、努力した人が報われるシステムを目指すわけだけど、それを今度は企業なんかが利用して、人に際限なく努力を強いるような環境を作り出す。
私が「あ、いいな」と思う文章やアートがある。
未来的に趣向が変わる可能性は沢山あるが、嫌というほど他の人の文章を読んできた。だから、その人の文章を読めばたいていのトーンがわかる。その文章の背景も背伸びしてみればくみ取れる、そんな風になってしまった。
だからわたしはほとんど直観的に、その人との関係性やむずかしさを肌触りとして感じることができる。「見通されている気がする」と思われるのは、私が10年ほど前にMさんに思ったまさにあの感覚である。
つまらなかった本を読んだ

今日は珍しく山手線の西側まで出かけた。
在宅ワーカーだからなのか、小一時間歩くまでもなく足裏に激痛が走って立つのもままならなくなるようなことが半年くらい前からあった。
面倒だと後回しにし続けていたのだけど、半ば強制的に表参道の足専門のクリニックに行くことになった。
6,000円ちょっとかけて結局原因はわからなかったのだけど、自分で「かもしれない」と思っていた偏平足はまったく問題なく、外反母趾もそう呼べるには軽症のようで、足底筋膜炎かもしれないという結論になった。
やっぱりネットは便利なので、ぼく含めていろんな症状や病気の「かもしれない運転」がとてもうまくなっている。でも、その運転でわかることは沢山の気を付けたほうが良いことリスト(運動したほうがいい、歩いたほうが良い、マッサージしたほうがいい、食事に気を付けたほうが良い、靴はインソールを買ったほうが良い)を徒に増やすだけであって、自分事としての解決にはあんまり近づいていかない。
その意味で、たしかに明確に問題ないことがわかったのは良かった気がする。

あまり本屋でたくさん積まれているような本は買わないのだけど、冒頭ぺらぺらとめくっていたら「リモートワーク」「移住」「効率化」みたいなことが書いてあったのでこの本を買ってみた。
先に書いておくと、あんまり「読んでよかった」となる類ではなかった。とはいえ自分の状態と重なる部分はあったので、読書記録としては残しておく。
2020年ごろコロナによって多くの業種でリモート勤務が実施された。ぼくもその頃にリモート勤務に変化した類になる。
このリモートというのは以前から「できるのでは?」と思っていたであろう従業員たちの気持ちを国家命令というトップダウンにて実施されたものになる。やるのか、やらないのかという2択ではなく、やって同時に形も整えろというスタートアップやベンチャー企業のような状態だったと思う。
紙で管理していた顧客情報などの台帳や契約書はGMOサインやクラウドサインのようにデジタル化され、打ち合わせはZOOMやMeetになり、社内連絡は対面やメールの状態からSlackやChatworkになり、手元のExcelで管理していたシートはスプレッドシートなどのクラウド上に乗っかり、自社サーバーが一部無用になったためクラウド化や自宅への光回線が必要になったりと、変化への適応と新しいビジネスへのチャンスがたくさん生まれた時だったように思う。
コロナのピークを経て、その運用に耐えられた企業はリモートを(一部でも)残すことに成功し、耐えられなかった企業は出社に戻り、そもそもの利益から遠のいた企業は廃業せざるを得なくなった。
ぼく個人の考えとしては、コロナというものを体験したあとに立ち上げられた企業は「出社をしなくても良い仕組み」という運用(Ops)を前提とするので、営業から財務会計に至るまでのひとまずをスモールスタートさせることができるので、うまくいきやすい気がしている。逆に場所という側面が炙り出された企業には、なかなか耐えられない環境でもあったような気がする。
ぼくはいまフルリモートで仕事をしていて、オフィスなんて1度しか行ったことがない。フルリモート最高と思っていたが、働いてみるとギチギチの打合せ、鳴りやまないSlack通知、プライベートと仕事の切り分けられなさなど、特別な要素がわかってきた。
ただし人と会わなくて済む、起きる時間はわりと幅があっても良い、スーツを着る必要がなく靴を履く必要もなく、ジャケットさえ羽織れれば良い、Amazonの荷物はいつでも受け取れるというメリットもたくさんある。
つい最近ではBOSEのスピーカーを買い、打ち合わせ以外では音楽を垂れ流しているのもQOLを上げる要素になっている。
特に問題になっているのは結婚もしておらず、特に趣味を持っていない時分が「仕事に集中できてしまう」環境で働いていると、ワーカホリック気味になってしまうところだろう。
体調を崩さないくらいに働きづめてもよい、仕事を終えたあとの自分に虚無的な部分を抱えてしまうというくらいには浸食されてしまっていて、ようやく「あ、人とは会わないとこれは腐るな」と思ってきたところだ。だから月に1回~2回くらいはなんとかほんの少し外出して、人込みには触れておくようにしている。
ただ同時にすこしローカルな場所へ引っ越すのもありだなと思っていて、光回線が通じていてAmazonプライムの配送スピードの価値がそれほど薄まらない(1/3とかだとさすがに解約したい)場所なら引っ越しても良いような気がしている。
GoogleMapを眺めてみる。

都道府県名が映らないので沖縄、東北~北海道は入っていないけれど、ぼくは「山より海が見えたほうがうれしい」「万が一移動するときの交通網や鉄道は簡便な形であると嬉しい」ということを考えると、静岡あたりはよさそうに見える。時点で富山や石川などもよさそうに見える。

試しに富山県で賃貸相場を見てみると、1LDKで4万~5万なので築浅、駅近を選ぶと7万くらいだろうか。海が見えてライフラインが問題なく仕事ができ、今より広い部屋でありつつ家賃が安いなら充分満足度が高そうにも思える。
それはそれとして、仕事を終えた瞬間の「自分だけの時間」にまだまだ苦痛を覚えてしまう状態であるときには、自己発見としてトランジションというものを試すチャンスがあるようだ。
なにかを止め、空白・中立状態から志向性を浮かび上がらせ、新しいことを始めるという3段階プロセスだ。
ぼくのような凡人かつモノワーカーには、ハードワークをこなしながら平行して新たな道のステップを踏むような器用なことはできないのだけど、確かに仕事を辞めた瞬間~無職期間というのは本当に自分のことを見つめられているような気がする。
誰かに見られている、何が稼げるスキル・場所なのか等ではなく、無限に感じるこの期間でやりたいと思えることを生成する期間であるというのは確かなことであるように思う。特にその中で重要なことは「何かを辞める・あきらめる」ことと「空白状態の時に人に会う」ということと思われる。
まず辞めるというのは簡単ではない。ぼくのようなワーカホリック、あるいは何らかの依存症状態の人たちは「自分で自分のコントロールができている」という「否認」状態であるという(このへんは下部でGPT-4に聞いてみた)。
そのため急に辞めることはできず、自分の状態を客観的に認識できている状態(認められるというのが大事)であることが前提となってくる。
次点で、空白期間のあいだの揺れ動く期間に「どこかコミュニティに飛び込んでみる」ということも重要だという。空白期間を本当に孤独に過ごしている場合、自分の認知や関心が主観レベルで終始してしまい、周囲の人たちに形づけてもらう機会を失ってしまう。考え方次第だが、最初から最後までひとりで考え続けることと、人の声を浴びた状態からひとりの状態を作り出すということでは、効用が全く異なるように思える。
これは偏見なのだけど、この手のビジネス書で「本当の自分」というものを主題としている作者の人は、ぼくの読んできたものの中では多くの場合は結婚していたり、子供がいたりというケースがほとんどに思える。
空白期間の時に「それ、やってみたら?」という機会をくれる人が身近にいるということは、新たなコミュニティに属すことと同じかそれ以上にきっかけを与えやすいのかもしれない。
ぼくの読書メモと思い巡りはここで終わりになる、何か結論を得たわけではない。
ただし、確かに何かを辞めた後の空白の重要性は体感し、その後の志向性を露出させるために人との関わりはほとんど間違いなくいまのぼくには重要なのだろう。
ということはその手段がわかっていれば、苦しいときには「何かを断ち切り、時間を持ち、誰かと話をする」というプロセスを経ればよい。
方法を知っていることと、今それを実行することはequalではない。
その時までは、苦しみながらでも楽しそうなことを言葉にし続けるだけだ。
【読書メモ】
- 依存症の特徴は「自分で自分をコントロールできていること」らしい
-
- 引きこもりなどの境遇の子どもが同じようなバックグラウンドを持つ人たちとひとつのコミュニティでつながり「あのひとは○○が好きな人だよね」と言われると社会復帰のきっかけになるらしい
- ニュートラルゾーンにいるときには人とのつながり、会うことは重要。
- この手の「変化した・チャレンジした」という経験を持つ人は、主観的にだけど結婚していたりすることが多い気がする、調べてない
- 突然目の前が彩られることなんてない
- 目新しいことは言われていない
- 形式上のものや目前のものではなく、内面的な志向性とは?という話だったり
- それがコロナ禍というほぼ全世界に同時に訪れた一種のニュートラルを機とし、自己投影しているような感じ
区分けされたこの場所から

久しぶりに息苦しい気分になった。
ぼくは昔から明日とか、未来のことを考えるのがとても苦しい。今日でめいいっぱい、未来の予定は途方もなくて考えたくもない。
だから未来の予定を立てるときは、なるべくいつも「無機質なタスク管理」としてカレンダーに入れている。いかに、その予定自体への精神的な負担を減らすかという優先度で動いている。
ずっと抱えている今日という日の終わりを望んでいる。今日の連続を痛みとともに感じ続けている、その切れ目をずっと探している。
ひとの感情というのはそのたびごとに揺れ動く。なにか暗闇に吸い込まれているときに前向きに受けとめることは難しく、光に昇華されているときはたいていの暗闇を晴らすほどに照らされる。その揺れ動きに自分が共鳴することにも、すこし耐えられなくなってきた。
柳のように、あるいはただ揺れ動く雲のようになびかせる。
どこか遠くで、自分の存在を溶かしてしまいたい。
仕事と多忙さは、自我や未来を自分の中から薄めることができるという意味ですごく良い。
機械的となれる作業を一部とし、ある程度のクリエイティブさが必要なのではと最初の頃は考えていた。ただ、あくまで凡庸なレベルでのクリエイティブさは普段の作業や習慣的なタスクから生まれてくることがわかってきた。引いていえば、多少の創造性は機械製の中に組み込むことができた。
たとえばいまの僕の近辺の仕事は恐ろしく忙しいのだが、忙しいときほど業務フローやプロセスをドキュメントにまとめていく。多忙さというのは局所的な部分効率化を思いつくことはあるが、たいていの場合は全体最適まで考慮がされない。
各所への連絡、契約締結・請求・入金確認、プロジェクトの進行確認、たびたび起こるトップダウン的な方針変換の確認、各メンバーへの仕事の割り振りなど。いろんな業務はそこら中で起こるわけだが、「何に時間をかけるのがうまくいきやすいのか」「何ならすぐ着手できるのか」という割り振りが業務プロセスなどのとりまとめからわかってくる。
個人的にはその中で、すぐできることはさっさと終わらせてしまうのが良い。雑食的に大小粒度問わず上から順に着手しても別に構わないのだけど、運悪く鉱床のような骨の折れるタスクをすぐやることになったときは山のようなタスクが積みあがることになる。
そういうものを見るとやや混乱が増すことが多いので、ぼくの場合は小さいものはタスク化する前に淡々と終わらせてしまうことが多い。自分という機械の性質次第でのFit&Gapがなんなのか、最適が何なのかはすこし俯瞰的に見るだけでもわかってくる。
どこまでを自分の機械的な作業にするのか次第だろうけど、ぼくは少しでも明日を考えなくて済むように、ただその日の作業に没頭だけしていられるように感情とは距離を取って打ち込んでいる。
自らに枷を付けることによって、生活という区分けに自らをつなぎとめている。
自分のことを語り直すということ

自分の「学びたい」という欲はいったいどこが原点だったんだろうと考えていた。
あまり勉強熱心ではないと自負しているものの、ごくまれに没入的に何かを考え続けることがある。自分でもすごく生き生きとしていると感じるし、とても幸せな時間だ。その始まりはいつだったんだろうか。
実は、その具体的なエピソードは思い出すことができていない。
けれども、「知識をいうものがどうやら色々と繋がっているらしい」という事実を子どもなりに実感した時から、没入感を得られるようになったような気がする。
知識というものは単一ではなく、有機的な双方向性を持つものだ。
これは言わなくてもなんとなるわかるが、その文章をどこかで見聞きしただけなら腑には落ちない。腑に落ちるというのは、自分にとっては「自分の言葉で語り直せるとき」に起こるんだと思う。
その体験が何度か積み重なって、自分の言葉になり、昇華され、自分の原則として言葉に収まり始める。こうしてぼくにとっての言葉が出来上がり、真実を得たという幸福感に包まれた。
自分という場所での言葉では、よく「Reword」という言葉を使っていた。この自分にとっての世紀の発見がほかにも発見者がいることがわかってくる。
例えばTEDでこんなセリフがあった。
You can edit, interpret and retell your story, even as you're constrained by the facts.
6:40くらいから「Story telling」について語っている
すなわち、自分の人生という事実があったとしても、多様な解釈の余地があり、その解釈によって自分の生きがいを持つことができるということを語っている。
また、『<ほんとうの自分>のつくり方』でも似たような言及がある。
いまでもたまに「無意味感」に襲われてしまう自分への戒めも込めて、少し長めの引用をする。
日々の生活に意味が感じられない、無意味な毎日が虚しくてしようがないという人は、目の前の現実に意味を与える文脈として機能する自己物語をもっていないのである。毎日が虚しいのは、意味を感じさせてくれない現実に問題があるのではなくて、現実に意味を与える文脈を投げかけることのできない自分自身に問題があるのだ。気持ちのもちようで色あせていた世界が輝いてくるなどと言われたりするのも、こうしたメカニズムをさすものと言える。
世界と自分を意味のある形につなげてくれる自己物語をもつことで、目の前の世界に意味があふれてくる。意味を経験する前提として、現実の出来事と自分をつなぎ、世界を意味づける物語的枠組みを獲得する必要があるわけだ。
なにもせずとも、勝手に目標を決め、そのための手順や道筋を立てられる人なら何ら問題ないと思われる。残念ながら、自分がそうでないならば唸りながらこうして「言葉じゃない状態のもの」から少しずつ輪郭を持たせ、身体に染み込ませていかなければならない。
だが、ぼくにとってはその瞬間が楽しい。
組織を転々としているとわかってくることがある。
強烈なリーダーシップを発揮できる人というのは、こうした「自分への意味づけ」の能力がとても高い。周りからすればこじつけ同然と思われるようなことでも、自分という物語のイベント(そしてポジティブな帰結となる)として捉えている。
それを周囲の人間含めて巻き込んでいく能力が高すぎる人が、いわゆるリーダーシップを持っている人なのだと思う。自分と無機物、自然、動物という世界で物語を語ることがひとつのStory Tellingだとすれば、組織、環境という他人の世界まで巻き込んでいくのがHistory Tellingともいえるのだとう。
解釈というのは無数にある。
心身的にシビアな状況のときはその選択肢なんて無いものに思え、事実としてつらい現実しかないように思えるが、その振れ幅から戻ってきたときに光明が見えることもある。それを光だと感じられる余裕が果たしてその時にあるかということでもあるが、それにはやはり一定「外の世界」を感じておく必要があるような気がする。
歩くことの理想とは、精神と肉体と世界が対話をはじめ、三者の奏でる音が思いがけない和音を響かせるような、そういった調和の状態だ。歩くことで、わたしたちは自分の身体や世界の内にありながらも、それらに煩わされることから解放される。自らの思惟に埋没し切ることなく考えることを許される。
こんなことを考えていると、「ああそういえばあの本にはこんなことが書いてあったな」と本棚を眺めて探し始める。うろうろとしながら、自分の思考、物語を拡張しながら背表紙を眺める。
その昔、山本七平はエルサレムに住むユダヤ人を訪問した際、そのユダヤ人は山本七平が訪れたことに気づかないほど夢中であった。夢中であるというのは、書斎そのものが心理的に安全であることに他ならない。
また、ある人とぼく本屋に行ったときにはあれだこれだと話をしているといつの間にかエピソードと一緒に、手にいっぱいの本を持たされたこともある。
こういうことが、つまりは書斎や本を媒介にして「全体で考えている」ということなんだろう。世界との接点を持つというのは、こうした身体を思考させるための方法(Hand Craft)なんだと考えさせられる。
こんな風に考えていると、自分という物語は引用で支えられ始めるような思いをする。
誰が語ったのかはあまり重要ではない。自分が腑に落ちたその感覚・言葉がある別の場所にある場所、モノに共鳴し、あるいは人に共鳴し、その様々を自己物語の引用句の中に引き入れる。
そうして自己拡張していく。
自分という物語をある段階で振り返るとき、その引用の数々が自分の立ちゆく先をぼんやりと指し示してくれる。その風に乗るように、学び、理解し、また新たな物語として再解釈していく。こうしたプロセスへの好奇心が、ぼくの学びの原点なんだろう。
ふらりふらりと

いろんなSNSを離れ、外出もほとんどしなくなった。
働く場所は家で通勤時間はない、出歩くのもスーパーやコンビニで日用品はAmazonとかで足りる、高速道路が近いからトラック音がうるさいくらいでほかの不満も特にない。日本どこでも働けるから、1か月くらい北海道とか沖縄にいても仕事ができる。
まず感じたことは、自律的に外に出る習慣は生まれなかったこと。
出勤があるから帰り道に寄ることはあっても、今わざわざと外出するような理由は特にない。
そして在宅環境中心の生活が、ちょっと遅れてやってきてとても過ごしやすい。
以前までよく写真を撮っていたけれど、あれは「誰かに見られる」ということがあるから撮っていたのだなと改めて気づき。外に出ないこともあるけれど、写真フォルダはやや寂しい。
あとは自炊が増えてから、食材の値段を見るようになってきた。いま油って1Lで400円近くもする、醤油と日本酒と味醂、あとは適当に根野菜を圧力鍋にいれて待つだけ。あとはお米は箱型のジップロックに入れて冷凍、食べたいときにその器のままで食べられるから楽ちん。
本は相変わらず読まない。
自分にとって本はやはりある程度差し迫らないと読めないようで、頭を使わず生きていられるのでぼーっとする時間は以前よりも増えた。
仕事環境でいえば、職場の経費で賄えるものが多くて新しい椅子を買った(AKRacingのちょっといいやつ)。画面が足りないから手持ちのディスプレイの片方を使ってデュアルにしてるけど、配置的にWEB打合せの視線がよろしくないからもうちょっと変えなきゃいけないかもという感じ。
幸い、仕事で覚えることは多くてSFDC関連の勉強をしている。
また最近、データ分析の作業もさせてもらったり、未経験ながらチャレンジできることが多いのはうれしい。
働くという意味でいえば、5年後くらいには週の稼働を減らしつついい感じのところに引っ越すのもいいな~と。
まだいろんな意欲が低迷してるので、ゆっくりと生きていく。
静夜思
床前看月光
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷
「静夜思」(李白)
以前にこんな記事を書いた。ぼく自身にとっては過去の鎖から放たれるような気持ちで、今もまだその放たれた部分を持て余している。
ここ何か月のことを思い出してみると、楽しかったり、幸せだったりという記憶が蘇る。良いものばかりではない、自己嫌悪するようなものもある。それでも幸せな記憶が多く占めていて、ぼんやりしているといい気持になる。
引っ越したのもあって、日当たりのいい部屋に住み変わった。椅子も机も新調して、カーテンも初めて買った。レースを買っていないからそのまま窓を開けると道路から見えすぎる、そのうちレースカーテン買ったらちょうどいい暖かさの位置になるような気がする。
ここ最近、引っ越しや転職でバタバタとしていた。なし崩し的に住んでいた町、なし崩し的に、逃げるように出た会社、自分の負の部分を少し清算したような気持ちになる。体力的にはかなりきつく、不手際で1週間弱のあいだ陽の光だけで生活したり、ごみ捨てで大変な思いをしたり。嘆きながらではあるけど、引っ越せて本当によかった。もう当分引っ越すことはない、新居でだらだらと生きていく。
仕事ばかりしてると、人間的な部分がどんどん欠けていく。30歳までの人生しか見えなかった頃は労働で摩耗することも厭わなかったが、少しずつバランスとって働いても良いなと思える。もう少し仕事以外のことを見てみたい。
仕事はロジックの部分が大半を占める、ロジックじゃない部分は普通の社員ならやる必要がない。誰が得するとか、この利益にはこれくらい必要だとか、端的に言えば頭をそんなに使わなくてよかった。その意味で、自分の意見を持つ必要がなかったし、仕事の大義名分で自分を納得させればよかった。「仕事だからやる」というだけで充分働けた。
あるとき、それがあまりよくないと教えてもらった。それはつらいと。そうかもしれないと見つめなおすと、一気に疲れがやってきた。知らない間にため込んでいたのかと涙が出た。
どこかでガタが来る生き方をしていたのかもしれない。これも少しずつ改善が必要。
でもここ最近は、とても幸せだ。幸せだから、これからのことで迷うことができる。地盤が無ければ、たぶんぼくはまだここに立てていない。
